映画「未来のミライ」自慰的で示威的に…

アカデミー賞
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近年の細田監督シリーズ稀にみる低評価。

その訳も、残念ながら腑に落ちてしまう。

言うまでもなく、グラフィックは凄まじい。

やはりメッセージ性が薄味で、自慰的で示威的。

 

おすすめ度

作品情報

制作年 2018年

制作国 日本

上映時間 98分

ジャンル アニメ

 

監督

細田守

 

キャスト

上白石萌歌

黒木華

星野源

麻生久美子

吉原光夫

役所広司

宮崎美子

 

あらすじ

甘えん坊の4歳くんちゃんと未来からやってきた妹ミライ。

くんちゃんは生まれたばかりの、妹に両親の愛情を奪われたと感じ、戸惑う日々。

そんな彼の前に現れたのは、未来からやって来た妹ミライ。

ミライに導かれるように、時を超えた冒険に旅立つくうちゃんだったが…。

 

感想・考察

メッセージが薄味 自慰的・示威的作品に…

近年の細田監督シリーズ稀に見る低評価の訳が、残念ながら腑におちてしました。
寓話的な物語を構築しようとしていたという意図はわかる。
そして、そのために暴言や一種の暴力的な描写を挿入していたのもわかる。
さらに、それがクライマックスをシナジーさせて寓話を強調される効果を促すのもわかる。
しかし、それをこの作品で行う必要性があったのか。
また、この物語に落とす意味はあったのか。
なぜ、この映画になったのか。
これは、単なる是非論ではなくて、単純に好奇心が掻き立てられる。
もちろん、アーティスティックな作風であれば、その”なぜ”が心地よかったりもする。
正直言って、ヌーヴェルヴァーグ作品の「気狂いピエロ」なんかは良い意味で訳が分からずにいたが、それがアーティファクトであると以前に書いた。
あくまで、人工的、意図的なアートという意味だ。
しかし、今作は違う。
意味がわからない=気持ち悪さ を覚えてしまう。
監督のメッセージはなんだったのか。わからない。なぞ。
アートにも感じない。メッセージも感じない。単なる自慰的な映画に思えてならない。
また、これまでの自身の映画群を誇示するかのような示威的な演出が目立つ。
映画を是非論でも正誤論でも語るのは失礼だけれども、少なくとも是でも正でもなかった…。

万物への感謝と比喩

メッセージを感じないとは言ったものの、最低限のメッセージはもちろん感じる。
それは、ひいじいじを初めとしてラストで語られる。
しかし、期待値が高かったせいか、プラスαの何かは何も感じ取れなかった。
端的に、ひいじいじの教訓は正だと思うし、それは素敵だった。
何より、馬に跨り前に子を乗せている姿は誇らしい。
そして語らう。真っ直ぐ前を剥くことで道は開ける。と。
結果として、くんちゃんは自転車という形で顕在化したので、その昇華は見事。
個人的なことを言えば、バイクがアメリカン風なのが気になった。
戦争の象徴として、ひいじいじの足を誇張するのであれば、結果、対アメリカになる訳である。
すると、一種の敵対しているはずのアメリカンタイプのバイクに跨るのは些かヘンテコである。
と思っていたけれど、逆に言えば、ひいじいじに懐の深さを表していたのかも知れない。
というのも、本来は敵対し妬む対象にあるアメリカという存在を、最早包括しているかの様にも感じたから。
それがメッセージであれば、天晴ひいじいじである。
そして、そんなひいじいじ、ひいばあばなどを描写することで、日本古来の万物の神、八百万の神的な比喩として、その感謝を描いたとすれば、日本的な心理を投影した見事な作品である。

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