映画「レオン」彼が観客を惹きつけるのは勤勉で挑戦的だからでは無いだろうか。

アカデミー賞
この記事は約4分で読めます。

リュック・ベッソンの代名詞。

秀逸で深刻なカメラワークで始まる物語。

彼とアジアの親和性。

彼が観客を惹きつけるのは挑戦的で何よりも勤勉だからでは無いか。

 

おすすめ度

作品情報

制作年 1994年

制作国 フランス、アメリカ

上映時間 110分

ジャンル ドラマ

 

監督

リュック・ベッソン

 

キャスト

ジャン・レノ(レオン)

ナタリー・ポートマン(マチルダ)

ゲイリー・オールドマン(ノーマン・スタンフィールド)

ダニー・アイエロ(トニー)

 

あらすじ

ニューヨークの古いアパートに身を置く殺し屋レオン。

彼の近くに住んでいる12歳の少女マチルダ。

彼女以外の家族はドラッグを巡って、ある一味に皆殺しにされてしまう。

偶然にもマチルダは家を開けていたため難を逃れ、レオンを殺し屋だと知ったマチルダは彼に殺し屋にしてほしいと懇願。

そして、異様な2人の共同生活が始まる。

 

感想・考察

秀逸なカメラワークから始まる物語

「カメラワークやば」これが冒頭の印象。

レオンが話すときはレオンの口に、そして相手をレオンが覗きこむときには、レオンのサングラスに。

サングラスの内側が見えないだけに、好奇心を抱かせるとともに、これから始まる物語への恐怖心を煽ってくるから、見ることを少し億劫にさえ感じてしまう。

それは、12歳の少女と殺し屋という構図だけでは図れないもっと心理的に不可思議な物を想起させるから。

完全版では、レオンとマチルダの性的、恋愛的なシーンや銃の訓練で殺害するというシーンがあるということなので、それらの一種の伏線的な冒頭にも感じたりもする。

 

今回鑑賞したのは完全版ではないので、過激な描写はさほどないけれど、完全版であれば、冒頭のカメラワークが一層活きてくるのでしょう。

 

リュック・ベッソンとアジアの親和性

リュック・ベッソンの代名詞といえば今作な訳だが、今作に限らず彼の作品はアジアを意識した作風が散見される。

先日の「ルーシー/LUCY」は正にそうで、悪役がアジア系だし、舞台のメインも台北だ。

ダニー・ザ・ドッグ」も主人公はアジア系。

なぜ、アジア系のが多いのだろうか。何が彼をそうさせるのか。

 

個人的な見解として、彼からは台湾や香港を彷彿とさせる色彩を感じる。

そして、それが如何にも王家衛の色使いに似ているように感じるのだ。

個人的に王家衛の映画は特に好きで、どれも衝撃的だった。

そして、色使いに目を奪われた。そしてカメラワークにも。

これは妄想だけれど、リュック・ベッソンと王家衛は年齢も1つ違いなので世代も被る。

すると、互いに良い意味で刺激的な存在だったのかもしれない。

製作陣も被っているよう。

 

彼が観客を惹きつけるのは勤勉で挑戦的だからでは無いだろうか

こちらも、妄想になってしまうので恐縮だが、リュック・ベッソン監督は非常に勤勉なのではないかと感じている。

「ルーシー/LUCY」でも彼は探究心が旺盛で映画という形で昇華しているのではないかと。

それが、挑戦を生む。しかし、同時に挑戦することで失敗も必ず付いて回る。

 

しかし、映画監督としてアーティファクトを生み出すためには失敗を厭わないこの姿勢こそ重要であるのは間違いない。

この姿勢を持っている監督だからこそ、結果的に「レオン」は高い評価を受けているのだろう。

一方で挑戦しているからこそ「ルーシー/LUCY」は否定的な意見を多く孕でいたことも言うまでもない。

 

今作にもマチルダが「テルマとルイーズは〜」(映画「テルマ&ルイーズ」のこと)と言ったり、マドンナの「material girl」を歌ったり、チャップリンの真似をしたりというシーンがある。

これは単なる利己主義的な映画作りを行う人間ではできない演出だと思うのだ。

他の映画はもちろん他の創造物からのインスパイアを受けていることは間違い無いということが「レオン」の中で立証されている。

そして、それらに敬意を払う形で「レオン」で表現している。

だから彼は勤勉だと思うし、だから彼の作品は観客が意図していようがいまいが惹きつけるパワーを持っているのだろう。

もちろん、僕も惹きつけられた1人の観客として。

コメント

タイトルとURLをコピーしました