映画「ポンヌフの恋人」完璧主義故に欠陥、そしてアイロニーを残し引き立てる

ドラマ
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完璧主義者レオス・カラックス監督に観る作風は、完璧主義故に欠陥、そしてアイロニーを残し物語を引き立てる。

遣る瀬のない境遇にいる登場人物は安直に死を選ばない。

それが彼らを美しくもさせるが、そこには虚無が付いて回る。

おすすめ度

作品情報

製作年 1991年

製作国 フランス

上映時間 125分

ジャンル ドラマ、ロマンス

 

監督

レオス・カラックス

 

キャスト

ドニ・ラヴァン(アレックス)

ジュリエット・ビノシュ(ミシェル)

クラウス=ミヒャエル・グリューバー(ハンス)

 

あらすじ

パリのポンヌフ橋で暮らす天涯孤独な大道芸人アレックス。

彼は失明の危機と失恋による心の傷に絶望する女子画学生ミシェルと出会う。

2人は恋に落ちるが、同時にミシェルには両親から捜索願いが出されていた…。

 

感想・考察

完璧主義者レオス・カラックス監督に観る作風

今作の監督レオス・カラックス監督は完璧主義監督ということのようだけれど、完璧主義な映画監督といえば真っ先に上がるのがスタンリー・キューブリック。彼は映画監督だけには留まらず製作や脚本まで1人で担う徹底ぶりだったとして知れられており、代表作「2001年宇宙の旅」は意図せずとも、その徹底ぶりが観客に伝わってくるように思える。そして、レオス・カラックスもまたそうだったよう。

しかし、僕からすると、そのこだわりをあくまでも断片的に、そして垣間見る事になった。というのも、総じて徹底されているもののアレックスとミシェルの2人が全く完璧ではないから。映画における完璧と登場人物のバックグランドを比較しても仕方ないのだが、登場人物の欠陥ともいえる境遇は言葉にできないほど悲痛であって完璧とは程遠い。映画全体としては完璧主義なのかも知れないけれど、登場人物のそれとは相反しており、そこにはレオス・カラックスのアイロニーが見え隠れする作風等のが今作最大の魅力かも知れない。

 

安直に死を選ばない彼らは美しいが虚無でもある

フランスといえば華やかなイメージが先行する。しかし、骨折をしたホームレスのアレックスが病院から帰ったところで行き着く先はポンヌフ橋であり、そこには彼と未亡人とも思える老人の2人だけ。この行き場なく、遣る瀬無い末路は未完全に違いない。ミシェルにしても失明の運命を背負い過去に負った傷は癒えぬまま彷徨い歩く。2人とも遣る瀬無く完璧には程遠いのは確かで、それがレオス・カラックス監督の完璧な映画を撮るための一大要素になっていることは紛れも無いが、そのためにこの境遇の2人を描くのは、どうも酷すぎる。言い換えれば社会派かつ当時の現実主義的な監督だとも思えてくる。

登場人物のバックグラウンドは特に完璧とは相反するものだけれど、作中で彼らが歩む事になる物語もまた完璧には程遠い。何を完璧と定義するのかというと難しいけれど、彼らが完璧では無いということは画面を通してひしひしと伝わる。それがひどく辛い現実だろうと彼らは向き合い生き続ける。その姿が美しいくも皮肉っているのだから、その両端を魅せる演出は完璧とも思えてくる。実際、そんな対局を画面越しに捉えるのは、さぞ難しいはず。

死を選べば、いとも簡単に彼らは苦悩から逃れることができるのかも知れない。しかし、彼らはそうはしない。そこが映画としての完璧主義的な作風を高揚させるから如く、露出している。また、アレックスとミシェルが笑い合い、語り合う姿は一見美しくも中身がない。すると、それもまた欠陥であり、完璧とは対局にあるから虚しい。

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