映画「青いパパイヤの香り」変わらない事を映す難しさと巧さ ロジカルな作風に魅せられる

アカデミー賞
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10年間も変わらぬ日常を描く難しさや巧さが今作にはある。

そして、その難しさを意図的かつ普遍的に描き出す監督トラン・アン・ユン。

彼のロジカルな作風には、息を呑むという言葉が相応しく、正に魅せられる。

 

おすすめ度

作品情報

制作年 1993年

制作国 ベトナム、フランス

上映時間 104分

ジャンル ドラマ

 

監督

トラン・アン・ユン

 

キャスト

トラン・ヌー・イェン・ケー(ムイ:20歳)

リュ・マン・サン(ムイ:10歳)

トルゥオン・チー・ロック(母)

グエン・アン・ホア(ティー)

 

あらすじ

1951年ベトナム、サイゴン。

浪費家の家長の家に雇われ、田舎から奉公にやってきた10歳の少女・ムイ。

家には働き者で優しい母と3人の甘やかされた息子たち、孫娘を亡くしてから引きこもっている祖母。

ムイは、年老いた先輩奉公人のそばで働きながら、料理と掃除を習い一家の雑事をしていた。

 

感想・考察

変わらぬ日常 湿った髪の毛で10年も

今作の印象的な点といえば、ムイの髪が汗ばみ湿った髪の毛だということ。

働き者の母親と一緒に雑事をするとはいっても、湿度の高く蒸し暑いベトナムの地でせっせと働く姿は、強い悲壮感を感じさせずにはいられない。

 

特に横暴な態度を振られるわけでもなく、淡々と流れる日常が一層、その過酷さを感じさせる。

そして、それは当然の如く過ぎ去るというのが、また悲しくもある。

 

今作が、そんな日常を脱出するための奮闘劇であれば些か救いのようなものもあったのかもしれない。

10歳のムイと20歳のムイが描かれている訳だけれど、変化したムイを対比させるわけでもなく、何も変わらない。

 

変わらないという巧さ

大抵のことは月日が解決するとは言う。

それは映画の中でも、当然の如く描かれるんのが普通だ。

本来ならば…。

 

とすれば、変わることの方がむしろ容易なのかもしれない。

それも、今作ではムイを演じる役者が年に応じて変わるのだから。

 

しかし、見た目こそ変わるものの、ムイの環境には、さほど変化がない。

これが、今作の巧さなのではないかと思う。

 

変わらないからこそ、今作は成り立つわけだし。

 

監督トラン・アン・ユンは「ノルウェイの森」でも監督を

全然知らなかった。

原作がベストセラーとなった松山ケンイチ主演の「ノルウェイの森」と同じ監督だった模様。

 

そして今作が初監督作品だとのこと。

細部までに至るこだわりがあからさまにわかる。

 

あえてセリフがほとんどない・いらないように作り込まれた世界は息を呑むという言葉がふさわしい。

特にカメラワークは圧巻だった。

パパイヤから滴る汁や蟻の動き、何気無いようにも感じるけれど、これは全て計算し尽くされているように思う。

 

すると、今作は日常という普遍的なものを描きながらも、非常にロジカルな作品に見えてくる。

日常をロジカルに映すのは実際非常に難しいものではないのか。

 

映画という”作り物”の中に見える人々の姿は、あくまでも意図的に作り出されたものなのだから、これはすごい。

ただ、多くの人が面白いと思う作品ではないのも確か。

映画という大衆に向けたエンターテイメントという面では、乏しいのかもしれない。

しかし、いわゆる映画評論家に当たる人にとっては、このような作品が面白いのだろうとも思う。

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