映画「ブラインドスポッティング」人種差別を扱い写実的でもありながら抽象化されたメッセージ

ブラインドスポッティング

同じ時を同じ街で生きた2人、違うのは肌の色。

今作は人種差別をテーマに扱う作品なのだけれど、メッセージが実は抽象的だったりして、それも主人公2人が白人黒人でありバディ化しているから。

写実的でもありながら抽象化するのも斬新。

今作のポイントになるのはルビンの壺や盲目ということ。

 

おすすめ度5.0

作品情報

制作年 2018年

制作国 アメリカ

上映時間 95分

ジャンル ドラマ

 

監督

カルロス・ロペス・エストラーダ

 

キャスト

ダヴィード・ディグス(コリン)

ラファエル・カザル(マイルズ)

 

あらすじ

黒人青年コリンの保護観察期間は残り3日に迫り、自由の身はすぐ手の届くところにまで来ていた。

同時に、彼と共に友人の白人青年マイルズは引っ越し業者で働いている。

ある日、コリンは黒人男性が白人警官に背後から銃で撃たれる。

その現場を目の当たりにしたコリンは、己のアイデンティティや激変する地元を肌身に感じるようになる。

 

感想・考察

同じ時を同じ街で生きた2人

黒人コリンと白人マイルズが違うのは肌の色。

同じ時を同じ街で育ったはずが、突きつけられた現実は時を超えて昇華していくどころが、むしろそこに鬱憤を蓄積していく、それは日常的なトラブルがあれば、まずは黒人であり、コリンへ矛先が向かうからだ。

映画を始め、大抵のことは時間をかけて昇華へ向かうのだが、彼らの置かれている立場は刻一刻と危険になり昇華の兆しが見えない。

 

ただ、その中でも彼らは気丈に振舞う姿が表面的には楽しげなのだが、どこか暗さも感じさせる。

アップテンポなライムのせいでも、煌びやかな街のせいでも、銃殺のせいでも、あるのだろう。

悲しげだけれど、自分でどうにか這い上がろうともがく姿は、目が離せず離すべきでもない。

 

そして、単にレイシズム(人種主義)的なドグマの押し付けでもなく、楽観的な表現なわけでもない。

言い換えれば、写実的で単なる制作側の一方通行のメッセージといよりは押し付けがましくも放漫でもなく、心に寄り添い考えるきっかけをくれる映画かもしれない。

僕には彼らが映画を通して観客とコミュニケーションを取っているようにも見えた。

すると、メッセージは抽象的で深く広い。

 

ルビンの壺と盲目 タイトルの意味

今作のポイントになっているのは、ルビンの壺。

壺にも見えるが人の顔にも見えるあれのことで、それらは同時に認識することができないという。

つまり、壺を認識しながら人の顔を認識することはできないということ、逆も然りだ。

これは盲目を示唆させることに役立っている。

 

これを作中に挿入したことで、コリンとマイルズを擬人化したものに見え、なおかつ作品の哲学や悲痛な叫びが見えたような気がする。

絵がモノトーンなのもそうだし、2人には同じものが見えているはずが見えていなかったりと。

正に盲目だ。

これが、タイトルの”ブラインド”というのは間違いないだろう。

 

カラフルな色使いとアーティスティックなカメラワーク

脚本やストーリー性、演技、バックボーンなど色々と今作が評価される点は見当たるのだけれど、僕は何より、色使いとカメラワークが素晴らしい作品だと感じている。

 

ジャケットからも分かるようにカラフルで、特に作中はさらにカラフル。

色使いが素敵だと思って映画には「フロリダ・プロジェクト」がある。

そこまでの鮮やかな色使いではないのだけれど、街並みや車などギラギラでネオンな街並みはそれだけでワクワクする。

だから、台湾映画の色使いも好きで、書いてるものだと「モンガに散る」「軍中楽園」は特におすすめ。

 

 

今作は映画メディア様にご招待いただいた初めての試写会。そして窪塚洋介さんのトークショーもセットという…。僕にとって最高の組み合わせ。映画好きになったのも窪塚さん主演のGOがきっかけで、それ以降窪塚さんの演技はもちろんで生き方とかファッションとか色々と影響を受けてきて、GOで衝撃を受けて3年程経過したけれど生で会える日が来るとは…。いつか会いたいと思い続けていたので映画を通して知り、映画を通して拝見できるという嬉しい限り。

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