「BARは人なり」
古びない「美しさ」「愛おしさ」とは何か。そんな素敵なコピーとノスタルジックな装いの中に咲く鮮やかで美しいカクテル「雪国」に魅せられる作品。
作品情報
製作年 2019年
製作国 日本
上映時間 87分
ジャンル ドキュメンタリー
監督
渡辺智史
キャスト
井山計一
あらすじ
日本最高齢の現役バーテンダーである井山計一さん。彼は戦後にバーテンダーとして腕を磨き、全日本ホームカクテルコンクールに「雪国」を出品し、グランプリを受賞。そして現在もなおスタンダードカクテルとして知られている雪国。そんな雪国の誕生秘話や井山さんが運営する「バー喫茶ケルン」、井山さんと家族について追ったドキュメンタリー映画。
感想・考察
スタンダードカクテル「雪国」について
井山さんが考案し誕生から60年を迎える「雪国」は某カクテルコンペで優勝し誕生してから60年を迎えるとのこと。当時というのはそもそも洋酒が日本に入りたての時期で、その時期に地位を築いたことは本当に素晴らしいことでしょう。さらにスタンダードとして日本のカクテルがコンペに名を連ねることは希少でして、味やビジュアルは勿論ウォッカ、ホワイトキュラソー、ライムジュースと一般的な酒場であれば、どこにでも置いてある素材を使って作れるという親しみやすさも受けたのではないでしょうかと。
そしてスタンダードとなったあとも、同じスノースタイルでも砂糖をそのまま使うのではなく、さらに粒子を細かく「雪」らしく、何より「彼」らしく改良していくこだわりやカスタマーサービス、スタンダードを敢えて自ら覆していくブレイクスルーのようなマインドも素敵でした。
最愛の奥さんとの別れや奥さんの抱えていた苦悩、それに気づいた際の彼の葛藤、そして涙。自分は映画であまり感情的になることはありませんが、この作品には感情的になりました。その葛藤も彼がカクテルやケルンを愛していたからであって、決して奥さんを蔑ろにしていたのではない印象だったので、行き場のない気持ちに打たれた。そして夫として心残りであると声を詰まらせるシーンには彼の心がみえた。そんな感じでした。
賛否あるでしょうにどちらかといえば自分は共感はできないシーンでしたが、子供と食事をとる時間もないほどに朝から晩まで夫婦で働き、そこまでしてもケルンを愛した彼と奥さんの姿が印象的でした。それもあって娘菅原さんは、子供時間を大切にしていて、井山さんにとっての孫にあたる夫婦や、彼のひ孫にあたるその子供に対して優しさを表現できるようになったのだなあと。
「バーは人なり」
分が特に印象的であった、切り絵作家でありバー評論家の成田一徹さんの「バーは人なり」というのは、まさに井山さんに相応しいワードでした。成田さんは評論家でありながらウイスキーの種類も殆どわからないということで、逆に名言の意味合いを強調させていて、酒を飲む場というよりも人に会う場所という彼の定義づけがしっくりきた。
自分は2年半ほどカフェで働き責任者まで努めさせていただいた経験があるので、人にとってのサードプレイスやその重要性を啓蒙する立場にも携わりました。すると彼はバーで自分はカフェでしたが、彼の定義づけが心地よく腑に落ちるのでした。
勿論自分はこの映画のプロデュースを担うわけでもないので、正直にいうと物足りないと感じる点もありました。90歳を超えて身体的に厳しいことやなまりがあるのでしょうが無いのでしょう。しかし声が聞き取りにくく音声に難を感じました。さらにカメラワークに関してももう少し幅があったほうが楽しめたようにも感じました。
それでも、時代を超えて愛されるケルンそして国境も超えて世界に羽ばたくカクテル、それを愛した井山さん、彼が愛した奥さん、彼を愛して感化されたバーテンダーやお客。カクテルをいう一種のメディアとも言えるかもしれません。人々を繋いだ「雪国」そしてこの映画に乾杯という感じで締めさせて頂こうと思います。