映画「生きてるだけで、愛。」監督・キャスト、あらすじ・感想 クライマックスを見るための100分

まず冒頭でなんだか嫌な予感がしましたが、的中しました。

キャストが豪華なのとレンタルしてきたので全部見ましたが、冒頭はサイコパス感が観るに堪えました。

菅田将暉の無駄遣い感が…。

作品情報

制作年 2018年

制作国 日本

上映時間 109分

ジャンル ドラマ

監督

関根光才

キャスト

趣里(寧子)

菅田将暉(津奈木)

田中哲司(村田)

西田尚美(真紀)

松重豊(磯山)

あらすじ

鬱による過眠症で生きる事さえ辛い寧子。

そんな寧子を3年間支えて同棲している出版社勤務の津奈木。

そんな2人の物語。

感想・考察

鬱ゆえのサイコパス

鬱というか最早サイコパスを感じました。

趣里のサイコパス1人劇場。

彼女の役者としての株は上がりそうです。

良く演じられているというのはわかります。

実際に自分は所謂鬱の方とはリアルで関わったことがないのであくまでも主観ですが。

コピーとキャストの高揚とコンテンツの鬱憤

タイトルのコピーとキャストは華やかで素敵なイメージだったので、鑑賞せずそのままのイメージで美化しておいた方が良かったのかもしれません。

知らない方がいいこともある。というのはこのことかと。

煙草にぶつけるイラつきについて

煙草を吸いたいのに空箱でイライラしてその空き箱をぶん投げる演出や、ライターが着火せず煙草を吸えずにイライラする演出が用いられていました。

類似する映画であり過ぎてもう、またこの手の演出かい。となります。

偶々この作品が、この演出の鬱憤を発散するタイミングに当たっただけなので書いてるだけなんですが他にないのかな、この表現を使う技法は。

そういう、どことも言い表せないような人間の機微を伝えたいのは分かるんですが、またか、またなのか。

音声に難あり

声が異常にデカかったり小さかったりで音声に難ありでした。耳が疲れる…。

見覚えのある街並みに映る人間の機微

ちょいちょい挟まれる、街並みの情緒的で素敵でした。

感情に訴求するクライマックスの巧さと難しさ

意味わからない綺麗なものがまた見たい。という趣旨の津奈木の感情はなんだかわかります。

ラストは確かに良いのかもしれませんが、このラストのために見る100分は厳しいものがあります。

たしかに意味わからないし矛盾してるような台詞なんですが、感情論なんですが心がそう思ったらそうなんですよね。

逆に自分は冒頭でもうこれは堪える。。と思ってしまったら、もうそうなんですよね。