映画「食べて、祈って、恋をして」哲学的メディア

名言が豊富で哲学的な表現が多用されていて好みの映画でした。

作品情報

製作年 2010年

製作国 アメリカ

上映時間 140分

ジャンル ドラマ、ロマンス

 

監督

ライアン・マーフィ

 

キャスト

ジュリア・ロバーツ(エリザベス)

ジェームズ・フランコ

リチャード・ジェンキンス

 

あらすじ

精神を病んだエリザベス(リズ)は旅に出る決断する。
イタリア・ローマ、インド・インドネシア・バリと旅する中で異国の人々と関わり、タイトル通り、食べて、祈って、恋をして。

 

感想・考察

詩的な物語

映像はもちろん美しく素敵映画なのですが、個人の解釈では言葉に重きを置いた、一種の詩的な映画だと思うのです。

宗教について

祈りのシーンが多用されていますが、自分は宗教なんかも全く信仰しておりません。
素敵な文化であったのだとは思いますが、神頼みはしませんし、センスのような先天的なものもほとんど信じていません。
なぜなら、そんな努力が報われないような世界は悲しいですから。
それもあって自分はセンスを先天的で神がかりなものではないと認知しています。
センスは沢山のインプットの上で身につけた豊富な知識の中で選定されたものだと思うのです。
情報量が多い人の方が、相手に対して合致した情報を提供できるように。
例えば100の情報を知っている人と10しか知らない人では、前者の方がセンスがいいということです。
自分であれば前者から情報提供してほしいですから。

紅の豚に見るインスピレーション

「紅の豚」では、フィオの「いいパイロットの第一条件は?」という問いに主人公マルコは「大切なのはインスピレーションだ」と説きます。
直訳では閃きや直感となりますが、このインスピレーションに関しても先天的や神がかりではなくて、情報や経験の蓄積からの産物だと思うのです。
だからマルコは小さい時から飛行艇の経験を積み、戦争でも仲間よりも生き、強く、格好良い、豚という唯一無二の存在となったのでしょう。
だから「カッコイイとは、こういうことさ」という糸井重里さんのコピーもまたシナジー的に骨身に染みるのです。
もちろん異論も認めています。
意見が異なることは自然ですし、異なる=嫌悪ではないと思っています。
先天的な物の方がなんだか自分は美を感じるので寧ろ本当はそのほうが素敵だとも思っています。

宝くじは願うのではなく、買いなさい

行動こそが意味のあるものであってというのは、様々な職や経験をしてきた自分にとっては腑に落ちる散るところではあります。
宝くじに当たるように願うのではなくて、とにかく宝くじを買いなさい。
というような趣旨。

娯楽と快楽

娯楽を知っていても快楽はわかっていないと揶揄されていたが…。
よくそういう感情論で人間を比較する場面を見かけるが、そもそも感情論は万人共通は訳ではないし、感情論で人を揶揄するなんて本来はおかしな話ですよね。

働かない美学

イタリア人は働かないということを美徳としているのもなんの誇りにもならない。
個人で思うのであれば良いですが人との対象として働かない美学をとく必要はないと思うのです。

変化に対する恐怖

「変化が怖いから惨めな暮らしを続ける。
破壊は天の恵みであって破壊から自分が生まれる。」これは非常に納得です。
ビジネス用語的には創造的破壊の類のことでしょう。
既存コミュニティの人間関係の破壊や周囲から認知されている表層のアイデンテティを確保のために、自身の変化を恐れているのではそれこそ惨めで素直に生きてこそのアイデンティティであるという訳です。

ロマン主義とイタリア人

でもさすが世間体でロマンチストなイタリア人でした。
恋愛に関する言葉は素敵なものが沢山。
なんであんなに臭くないののか。
自分が言ったら単に、きもいと思われそうである。
これが努力では超えられない壁センスなのか。