映画「ガンジスに還る」監督・キャスト、あらすじ・感想 インドの隆盛を物語る、右手にスプーン、左手にスマホ

壮麗な自然を前にした人間が、想起すること。

優劣で語るには、あまりにも安直ですが、凜と佇むガンジス河の前では…。

インドの隆盛を示唆させる、右手にスプーン、左手にスマホ。

作品情報

制作年 2016年

制作国 インド

上映時間 99分

ジャンル ドラマ

監督

シュバシシュ・ブティヤニ

キャスト

アディル・フイセン(ラジーヴ)

ラリット・べヘル(ダヤ)

ギータンジャリ・クルカルニ(ラタ)

パロミ・ゴーシュ(スニタ)

ナブニンドラ・べヘル(ヴィラム)

あらすじ

不思議な夢をみて死期を悟ったダヤは、ガンジス河のほとりにある聖地バラナシへ行くことを家族へ伝える。

心配する家族の声に耳を貸さない彼に、仕方なく仕事熱心な息子ラジーヴが付き添う事に。

安らかな死を求め人が集まる「解脱の家」に到着した2人だったが、相変わらず自己中心的な父親に衝突するラジーヴ。

しかし、雄大なガンジス河を前にした2人は…。

感想・考察

普遍的なテーマ「死」

人間にとって普遍的に訪れるものといえば、「死」であります。今作では死期を悟ったダヤが死を感じることで自分と向き合っていく訳ですが、覚悟を決めた人間は強く優しくなれる。彼は本来、ラジーヴへの横暴な態度を取っていたわけですが、「死」を実感することで、それが変化していく姿に目が離せない。

死における考え方というのは、実に様々なものがあります。今作における死の捉え方というのは、「死は1つの過程」であり、そして「死を通過する覚悟があるか?」という問いを立てられます。普遍的なものなので当然ですが、覚悟というか向き合うしかない訳ですが、宗教によって捉え方が異なるのが、イントド文化を感じます。

ここ数年は人生100年時代と言われていますが、自分が死ぬ頃には150年くらいになっているかもしれません。知りませんが。

正直全く読めないですが、テクノロジーの進歩は本当に早いです。インテルの創業者が提唱した半導体の集積率は18か月で2倍になり小型化が進むという「ムーアの法則」というものがあります。単純計算で、10年あれば100倍になる訳ですが、寿命についてもこんな感じで伸び続けるでしょう。

自然の前には 人間など

雄大な自然を前にしたダヤは、自分と向き合い応えるわけですが、そこには合理性も論理も、そんなんものは何もありません。凜と佇み、物言わぬ自然のパワーには、ただただ、素直に自分を見つめるのみです。感情論の前には何もかもが、崩れ去るのでした…。

自然からすれば、自らを与え人間を生きさせてきたにも関わらず、味をしめた人間は生きるにこと足らず必要以上に自然を奪い、そして破壊神と化す人間です。近代であれば、スケールメリットによって隆盛する何もかもが、自然の聡明にも見える風格には及びません。

右手にスプーン、左手にスマホ

皮肉に、「右手にはスプーン、左手には携帯」と表現されていますが、現代ではもはや当然の光景です。現代への当てつけである、この表現。

というのも、深掘りすれば、インドの隆盛を物語っているというか、肯定しているようにも聞こえるわけです。