映画「トム・アット・ザ・ファーム」自己愛と利他主義 サイコアナリストとしての俯瞰

「マイ・マザー」「mommy」と、彼の撮った作品を先日見たわけですが、それらに描かれていた周囲への”愛”やそれによる葛藤とは全く異なる愛の姿が描かれていました。

此方は愛でも自己肯定の自己愛。

作品情報

制作年 2013年

制作国 カナダ、フランス

上映時間 102分

ジャンル サスペンス、ドラマ

監督

グザヴィエ・ドラン

 

キャスト

グザヴィエ・ドラン(トム)

ピエール=イヴ・カルディナル(フランシス)

エヴリンヌ・ブロシュ(サラ)

リズ・ロワ(アガット)

 

あらすじ

グザヴィエドラン演じるトムの恋人・ギョームは事故死。

その葬儀に出席するためトムは彼の実家を訪れましたが、そこには悲しみにくれるギョームの母・アガットの姿。

母の更なる悲しみを危惧したギョームの兄フランシスはトムとギョームがカップルだった事を口止めする。

フランシスの狂気染みた人間性を炙り出しミステリアスにサスペンスタッチで描いた物語。

 

感想・考察

コピーの正確性とアート

全く個人的な好みですが、グザヴィエドランの映画のジャケットとコピーはなんて秀逸なんでしょう。

「僕たちは、愛し方を学ぶ前に、嘘のつき方を覚えた」

 

俯瞰と第三の眼 サイコアナリストとして

今作では映画監督、主演など映画に対するアプローチは勿論ですが、サイコアナリスト的な視点から自流の精神分析的の結果をアカデミックな視点を通して映し出しているように感じました。

彼には、そんな映画に対する俯瞰というか第3の目の様な、多面性観測を感じます。

例えば学者が仮説を立てて検証して、それを論文という形で発表するように、彼は人の持つサイコ気質を炙り出し映画の中で仮説立てながら実証し、それを映画というスキームでアウトプットしているように感じます。

 

自己愛と利己主義

今作もテーマは愛なのかもしれませんが、他人への愛ではありません。

トムへの心身の束縛は一見すると狂気でありサイコなのですが、その根幹にあるのはフランシスの身勝手な自己愛でしょう。

自分を守る為にトムを犠牲に。

母親に対しては所謂普通の感情論で動くフランシスですが、トムには自分の意のままにしなくれば暴力や暴言で解決する。

その差別的言動が身勝手に感じるので自己愛的であると。

 

舞台の狂気

タイトルの通り農場をメインに繰り広げられる物語は農場のどこか暖かなイメージとは裏腹に狂気じみていて凍てつくような描写。

 

抽象性に見られる一種のフェティシズム

グザヴィエドランの作品は抽象的にも思いますが、そこには確かなメッセージが有ります。

しかし、この映画に隠されたメッセージは難解でした。

一種のフェティシズムとも言えるのかもしれません。

田舎という閉塞的人間関係とフランシスの自己愛は比例関係に見えました。

母親の高らかな笑い声も狂気を感じます。

初めて笑みを浮かべたトムも何処かで狂気でフランシスに縛られた自分を笑い飛ばしているかのよう。

描写はないものの、因縁をつけられ殴られたと読めるトムの顔。

バックグラウンドが描かれていないので、彼らの心理背景も理解することはできませんでした。

元からサイコなのか、弟を失ってサイコになったのか。

 

故意なのか、利他主義故か

幾度かフランシスから逃げ延びようとしたトムでしたが、ことごとく失敗。

というよりかは敢えての失敗だったのでしょうか。

よくわかりません。