映画「あの頃、君を追いかけた」監督・キャスト、あらすじ・感想 ”笑われる夢にこそ価値がある”感傷的な言葉が全てを物語る

映画「あの頃、君を追いかけた」監督・キャスト、あらすじ・感想 ”笑われる夢にこそ価値がある”感傷的な言葉が全てを物語る

なぜ、台湾映画はこれほどに感傷的にさせるのか。

これが台湾映画の良さでもある。

青シミになったボールペンの跡、可視化できるチアイーの想いが切ない。

「笑われる夢にこそ価値がある」そんな彼の言葉が全てを物語る。

作品情報

制作年 2011年

制作国 台湾

上映時間 110分

ジャンル ドラマ

監督

ギデンズ・コー

キャスト

クー・チェンドン(コートン)

ミシェル・チェン(シェン・チアイー

スティーブン・ハオ(シエ・ミンハ)

あらすじ

1990年代、台湾中西部の町・彰化。

男子高校生コートンは、悪友たちとイタズラで授業を妨害しては担任を困らせていた。

そこで担任教師は、優等生の女子生徒チアイーを監視役としてコートンの後ろの席に座らせることに。

コートンは口うるさいチアイーを煩わしく思いながらも、次第に彼女にひかれていく。

感想・考察

なぜ、台湾映画はこれほど感傷的になるのか

感傷的、センチメンタルな。と直訳的に思考すれば負のイメージ。

でも、その痛々しさが台湾映画の特徴であるとも思う。

この手の映画を映画通が語れば、いわゆるB級かもしれない。

でも、台湾映画はこれでいい。これがいい。

 

思春期真っ只中の子供達は、親に反抗的な態度をとったり、異性に極端に惹かれたり。

コートンなんかは特にそう。

序盤はチアイーを煩わしく思うも、中盤からは惹かれていく。

思春期というバックグラウンドをベースに、ネガティブからのポジティブへの変化劇を見せてくれる訳だけれど、そんな情緒的なコートンの姿が見所。

素直になりたくても・なっても、ぶっきらぼうでどこか感傷的で痛々しくて愛おしい。

 

ある意味端的で、単純な。

そんなコートンをはじめとする男友達の姿は見ていて癒しもある。

 

日本でのリメイクもあるようだけれど、今作の感傷的な演出は、邦画にはない言語化するのが困難な要素を含んでいる。

青シミになった制服

コートンの後ろの座席のチアイーは彼を呼ぶ時に、ボールペンで突つく。

すると、彼の真っ新な制服には、青いシミが。

 

最後には、そのシミが無数の斑点に。

シミの数だけチアイーの彼への想いが可視化されている。

 

けれど、青春真っ只中の彼女は彼にストレートには何も伝えない。

ランタンにも彼への想いは描くけれど、かこつけて見せない。

 

どこかナーバスな彼女の想いが切なくて美しい。

「笑われる夢にこそ、価値がある」

確かに今作は、表面をなぞれば薄くて軽率な言動も目立つ。

けれど、作中に出てくる言葉は実に重みがある。

 

「笑われる夢にこそ、価値がある」

この言葉は特に響いた。

経験もスキルも何もないけれど夢があれば、それだけで十分。

それだけで、無限。

そんなエネルギッシュに未来を見つめる彼らにはパワーをもらえる。

 

経験やスキルがあっても夢がなければ、それだけで有限。

制限をかけるための経験やスキルならば、ない方がいい。

大人になるにつれて、何かにかこつけて諦めることが増える人はたくさんいる。

 

経験が、スキルが、金が、親が。

できない理由をあげれば切りがない。

でも夢があればなんでもできる。

そんな、大きな夢を抱けるから彼らは美しい。

 

大人になっても、目的のために過激なことをするコートン。

「これからも、幼稚だ」

 

笑って答えるチアイー。

「約束よ」

そんな、2人の最後の台詞が全てを物語っていた。

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台湾中西部の町・彰化(しょうか)に住むコートンは、同級生の仲間たちとつるんでは馬鹿なことばかりして、お気楽な高校生活を過ごしていた。ある日、コートンたちの度が過ぎた悪ふざけがもとで授業が中断。激怒した担任は、クラス一の優等生・チアイーをコートンのお目付け役に任命す...